相手の欠点を補うために自分がいる

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なんかツイッターでちょろっと見かけた文章。
相手の欠点が見えた時は、自分がそれを補う為に存在していると考えろ。

なるほどねえ。
これけっこう重要な気がする。

他人は変えられないってのはあちこちで言われている有名な話。
変えられるのは自分だけ。
他人を変えるには自分が変わるしかない。

だから、他人の欠点を治すことなんてできない。
文句言おうと愚痴言おうと何も変わらず、
逆に不満ばかり貯まってしまう。


それをどうにかする術は二つ。
一つは、そこから離れるか。
もう一つは、自分がそれを埋めるか。

関わらないようにするのは楽なんだけど、
なかなかそういう訳にもいかない場合も多いですよね。

だから、他人の欠点を自分が埋める。
他人の欠点を本人は治せないんだから。
短所を埋めるのは非常に労力を要するんだから。
そんなところにエネルギーを使うのはもったいない。

自分は外野からみてるだけだけど、
あれは良くないこれは良くないと言い続ける、
ああすればいいのにこうすればいいのに、
そんなんで何が変わるというのだ。
一生言い続けても誰も何も変わりはしないですね。

むしろその変わらない欠点をずっと見続けないといけないのだから、
苦痛にしかなりませんよ。


それでも自分は手を出さない、そう思うのなら
やっぱりそこから離れるべきか。
どんな人にだって欠点はあるけど、
それが気にならない人だって世の中にたくさんいるし。

あいつこういう欠点あるけど良いやつって
そう思える人が一番楽ですよねえ。


例えば家入一真さんとか、はたから見たらダメ人間なのに
なぜかその欠点を愛せる。
でも愛せない人もいるでしょうし、
それならかかわり合いにならなければいい。
あの人にダメなところをいくら言ったって変わらないでしょうから。

そう考えてみると、自分の周りはだんだんそういう人が固まってきたかな。
自分はフットワークが軽いから会う人もおおいけど、
知らず知らずのうちに距離離れた人も多いし。

それは自分の心に正直になっている証なのかもしれないですね。

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