願いとは裏腹に無慈悲な現実

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たまたま聞いていた曲の歌詞。
otetsuさんの鱗という曲です。

こういう事ってよくありますよね。


なんでこんな事が起こってしまうのでしょうか。
なぜ願いが叶わないのか。
なぜ無慈悲な現実になるのか。
そして、どんな願いなら叶うのか。

ちょっと考えてみよう。


まずひとつ、あまりにも手が届かない願いだった。
自分の実力以上に求めたとか、幸運に頼らないと手に入らないものだった。
これはけっこう分かりやすいのかも。

この場合、願いを叶えるには自分のレベルを上げるかターゲットを低くするか。
そうすれば簡単に願いを叶えられるかと。


でも、他にも理由がありますよね。
例えば、実は自分が望んでいなかったとか。
周りに勧められたとか、周りが持っているから自分もほしいとか、その類。

この場合、願いはかなわないほうがいいですな。
本当は自分が望んでいないのだから。
そういう場合、たとえ願いがかなったとしても何故か満たされない気分になる。
だから、無慈悲な現実こそが実は正しかったりするのです。


他にはないかな。
周りが原因、ってのもあるか。

いくら自分が望んでいたとしても、周りがそれを拒んだり、
周りが協力してくれないとかが原因で願いがかなわないってのがありそう。

これは何が足りないかというと、信頼関係でしょうか。
例えば政治だ。
素敵なマニフェスト掲げても、それが伝わらない。
票がもらえない。

それは信頼されていないから。
どうせ有言不実行になるとか思われているのでしょうか。


株もそうか。
やっぱり値上がりすると思ったらみんな買うし、
値下がりするだろうと思ったらみんな売る。

株価が下がるってことはその会社は成長しないって思う人のほうが多いわけだし、
業績が悪ければ本人の意志にかかわらず社長交代とか
買収とかも起こってしまう。

まあ結局本人の力不足が業績の低下を引き起こし、
信頼が低下するわけで、問題は周りではなく本人にあるわけで、
これをどうにかするにはやっぱり実績。
政治にしろ株にしろ結果がすべて。

いくら偉いこと言っても成果が出なければ応援してくれる人も離れてしまう。
だから、まずは実績をつくる、それが願いを叶える手段になるのかな。


そんなところかな。まだありそうだけど。
しっかし何気なく聞いている歌の歌詞を考えなおしてみると、
面白い議論のネタになるものですな。

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