成長が無いことは喜ぶべきことなのかもしれない

Author:
blue-water-drops

10年もエンジニアやってるとプログラムについての質問を受けることもある。
学校へ行ったほうがいいですか、とかどんな本を読めばいいですか、とか。
が、上達の秘訣なんてその人によって違うわけで、正しい答えなんて誰も持ってない。

好きになれば勝手に伸びるし、色々なものに揉まれているうちに次第に伸びる。
伸ばしたわけじゃなくて、生き延びるために勝手に伸びていっただけなのです。

社会ってある意味弱肉強食なところがある。
生き残るには強くないといけない時もある。
だから荒波にもまれて、それでも生き残ろうと必死になれば次第に強くなれるのです。

昔、ある人がこんなことを言っていました。
「デスマーチを乗り越えないと成長しない」

だいたい30代~40代くらいの優れたエンジニアってのはある程度のデスマーチ、まるで死への行進をするような仕事を経験していたりするかと思います。
徹夜で仕事したり、残業100時間したりとか、そういうのに生き残ってきたと思います。

僕も残業120時間とかした記録があるし、徹夜したこともある。
それを超えたから得られた強さってのは否定出来ないです。

が、デスマーチなんてするもんじゃないし、そうまでして手に入れないといけない強さなんて嫌ですよねえ。
デスマーチとか経験していない人は成長が無いかもしれませんが、それはそれでいいことなのでは。

苦しみが多いほうが人は成長できるかもしれないけど、だからと言って苦しみをわざわざ選ぶのはおかしいかと。

きっと戦後に生まれた人は戦争を経験していない若者を、自分たちの苦しみを知らない若者を軟弱だ、とか言ったでしょう。
でも、自分たちのような苦しみを経験しないことは幸せなことだと思います。

だからブラック案件が減ってタフな人が減ったとしても、それは喜ぶべきことなんじゃないかなーと。
成長が無いのは、平和な証拠です。

Share on Facebook
Pocket